梅雨の日のバースディ
作:荏田柚季
※ト書き(地の分)は柚季役の朗読です。
※ひとり読み歓迎。セリフ部分を役割分担する2人~3人読みも歓迎です。
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ちょっとだけ、雨に濡れた。
傘を忘れた放課後の突然の雨。
だけど、アタシだけじゃなかったみたいで。
『 梅雨の日のバースディ 』
その日は晴れていた。
まだ5月なのに、見上げた空の色は、梅雨を通り過ぎてさっさと夏になってしまったみたいにスガスガしくて。
だけどムカつく。
信号が変わって、だから走ってバス停まで来たのに、なのに、バスは行ってしまった。
時刻通り来る訳でも無いのに、だけど、アタシを待つことなく行ってしまった。
肩で息をしながら、膝に手を付いて、白いスニーカーの上を蟻が横断していくのを、右足と左足の2回分やりすごした。
自転車のカラカラという乾いた音が後ろから近づいてきた。
そのままの体勢で視線を向けた先に、逆さまの地面から生えた、逆さまの自転車をゆっくりと押しながら歩いてくる、田村遥斗(たむらはると)が笑っていた。
●遥斗:置いて行かれたんか?
遥斗は笑っている。
●柚季:うっさい
下げてた頭を勢いよく振り上げるように戻す。
ぼさぼさに伸びた髪が頬にまとわり付いてくる。
そろそろ切りたい。
けど、めんどくさい。
中間テスト近いし。
それも、めんどくさい。
●遥斗:乗れば?
遥斗のその声を聴いて、耳を疑った。
●柚季:本気?
アタシのカワイクナイその言葉に、遥斗も当然のように返す。
●遥斗:別に、ええんならええけど?
●柚季:いや、じゃなくて
と、アタシは路上を指差した。
対向車線に駐車禁止を取り締まるパトカーがいた。
遥斗は言った。
●遥斗:ちょうど良くねぇ?
そして、遥斗はいつもどおり何かをやらかす前の顔。
●遥斗:パトカーは、今、仕事中。
●遥斗:俺がタイミング良ぉこぎ始めて、そこに、こっち側の車線を、軽トラか…
そこまで言うと、しばらく後方から、
●遥斗:ほら、来た
2トントラックがのんびりゆっくりやってきた。
引越し業者のマークが笑っている。
●遥斗:次の信号を左に曲がれば、パトカーからは見えんけぇ
そう言って錆び付いた自転車の荷台を叩く。
アタシはちょっと迷って、だけど、バスの時刻表を見た。
わかりきったことだけど、次に来るのは、20分後。
アタシは荷台に腰掛けた。
手に持っていたカバンを遥斗に預けて、カゴに入れてもらって。
なんとなく、理由とかないけど、横座り、流れていく左側の景色を見ながらって向きで。
自転車はゆらゆら揺れて、動き出す。
●遥斗:しっかり掴まっとけよ
遥斗のその声に、慣れてないアタシは戸惑っていると、
●遥斗:左手、かせ
遥斗の差し出した左手に、アタシは左手を差し出すと、つかまれて、ぐいっと引き寄せられる。
愛おしいカレシの背中に頬を寄せて、
●柚季:こわーい
ってブってる女子高校生に、今、なってしまっている。
そう、アタシが。
遥斗なんかの腰に左手を回して。
だけど、これ見よがしに勢いを増す暴走自転車のスピードに、余裕ぶっこいてたはずの右手も、遥斗の腰を抱きしめる。
愛おしいカレシの背中で目をつむって、
●柚季:こわーい
ってブってる女子高校生に、今、なってしまっている。
そう、アタシ、みたいなカワイクナイのが。
実際、トラックに追いつけ追い越せとか笑ってるそんな無責任な暴走自転車。
この運転手にでもつかまっていなければ、道端に落ちてるコンビニの袋みたいになるんだから。
●柚季:クルン。
●柚季:コテン。
●柚季:フワリ、クルン、クルン。
怖いが先に立つ。
けど、頭の中で、遠くから撮影している映画のカメラマンみたいな感覚で、
アタシがアタシを見たときに、なんていうか?
●柚季:――ハイ、カット。
●柚季:――ちょっとねぇ、画にならないから、後ろのそれ、そうアタシ、代えようか?
そんな妄想の中のアタシは、冷静に、NGだと思う。
●柚季:――NGっていうか。
●遥斗:どうすんの?このまま、家の前まで行くの?
遥斗の声で目を開いた。
景色はいつの間にか、のんびり流れていて。
さび付いたペダルに合わせて鳴る、そのキーコキーコのテンポもゆっくりなのに、アタシの頬には遥斗の背中のあたたかさがあった。
●柚季:……っていうか、ミスキャストだよね?
妄想の続きを、自分の唇が現実に音にしてしまって気づいた。
●遥斗:え?なに?
遥斗には届かなかったのだから、妄想は妄想のままだけど。
●柚季:そこの角でええ。じゃないとおじいちゃんにいろいろ言われるし。
遥斗はニヤニヤ笑いながら、
●遥斗:なにぃ?なんて言われるん?
●柚季:おぉ、お前にもボゥイフレンドができたんかぁのぉ。とかなんとか…
遥斗は笑っている。背中がクククク揺れている。
●遥斗:俺が?ボーイフレンドか!
遥斗は笑った。けど、続けて言った。
●遥斗:んじゃ、しょーがなぃのぉ!
止まるはずだった曲がり角が、勢いを増した自転車の流れの中で過ぎていく。
●柚季:ちょっと、待って
急に速度を上げてこぎ始めるから油断した。
しがみついていたからまだ自転車に座っていられるけど、
●柚季:クルン。
●柚季:コテン。
●柚季:クルン。
●柚季:クルン。
●柚季:クルン、クルン。
●柚季:ズザザザザ。
ってなるじゃん?
妄想の中で置いていかれたアタシが、ボロボロの制服で地面に這いずり、右手をわずかに地面からあげるみたいに……、だけど、力尽きた。
それはそれで、妄想映画の中では、
●柚季:――ハイ、OK!
●柚季:――かもしれんけど。
●遥斗:はい、とーちゃーく。
遥斗が笑っている。
目の前に、アタシの家の玄関があった。
さすがに、家族には見られてないみたいで。
●柚季:あそこの角でええって言ったのに。
●遥斗:ええじゃん、おじいちゃんにいろいろ言わ、
そこまで言って、遥斗が視線をアタシの後方にやって、声を出した。
●遥斗:あ! おじいちゃん!
●柚季:え?!
振り向いたアタシ。
そこには誰も居ないただの路地。
遥斗が笑い始めた。
ニヤニヤ。ニヤニヤ。
クククク。
●遥斗:ハハハハ。
右手でグーをつくって、遥斗の胸をめがけて放り込む。
●柚季:パシンっ。
遥斗の左手に捕まった。
●遥斗:ナイスボール。はい、かばん
もう、なにもかもかなわなくて。
幼稚園の徒競走では、遥斗に勝ってたのに。
年中さんの運動会で、こいつ、アタシに負けて泣いてたくせに。
●遥斗:ん。じゃあな
そう言って遥斗はアタシの頭をガシガシなでる。
猫か犬か、幼稚園児扱いか。
ボサボサの枝毛ばっかりの髪が、また、さらに、ボサボサになった。――気がする。
自転車の運転手は、立ちこぎしながら去って行った。
夕焼けに染まった住宅街の路地に、長く延びた影。
手も振らずに、角を曲がる。
なんていうか、さっそうと。
遥斗のくせに。
遥斗なのに。
もう、なにもかも、悔しい。
●柚季:遥斗のくせに
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2日後。
梅雨になったらしい。
先生は
「桜前線が長い旅を終えるんです。沖縄から始まった桜前線は、北海道の稚内に春の訪れを伝えて、長い旅を終えるんです。いいでしょ?そしたら、西から梅雨になっていく。いいでしょ?」
と言った。
なにがいいのかわかりません。
そんなにニヤニヤ笑っている理由が、アタシにはさっぱりわかりません。
●柚季:――それって、毎年のことですよね?
みたいな質問を、さらっと言ってやりたくて、うずうずしてるのに、
●柚季:――季節って、どーせ、そういうもんですよね?
●柚季:――別に『旅』とか言えば風流でしょ?みたいな顔するのウザイんですけど。
みたいな発言を、さらっと言ってしまいたくて、もやもやしてるのに、
アタシはアタシで、窓から見える曇り空みたいに、湿った感じでなにも言わずに午後の眠い授業を受けている。
ふと、思い出して、カバンの中に手をつっこんで、
●柚季:――あ、失敗した。
●柚季:――折りたたみ傘、忘れた。
自分の部屋の布団の上に、カバンの隣に置いたのに、朝置いたのに、カバンだけ、持ってきた。
●柚季:――ああああああああああああああ!!!
みたいな衝動を、さらけ出したくなってしまうのを、こらえきって。
机の上に突っ伏した。
黒板の劣化版コピーをせっせとつくってるノートの右隅に、ちいさく。ホントにちいさく。
●柚季:『あああああ かさ わす れたーーーーー』
って書くに留めた。
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ちょっとだけ、雨に濡れた。
傘を忘れた放課後の突然の雨。
ギリギリ間に合うかと思ったけど、バス停の直前の信号が赤に変わって、変わった瞬間見事に降った。
もし、カミサマがいるんだとしたら、ニヤニヤニヤニヤ笑ってやがる。
ちょっとだけ、雨に濡れた。
傘を忘れた放課後の突然の雨。
だけど、アタシだけじゃなかったみたいで。
隣に並んだ自転車の男が言った。
●遥斗:傘、忘れたんか?
遥斗は笑っている。
●柚季:うっさい
だけど、そうやって拒否反応を示しても、何気なく傘に入れてくれている。
●遥斗:国語のテストできた?
そんなありきたりで、だけど、タイムリーな話題を振ってくる。
●柚季:あんまり
そう答えたアタシに。
●遥斗:だよなー
って言う。
何回目だろう。
中学生くらいから始まった、この、ちいさな傷の舐め合い。
信号が青に変わって。
遥斗はそのまま自転車に乗って立ち去ればいいのに。
だけど、アタシの歩幅に合わせて、歩く。
キーコキーコ音がする自転車を押しながら、だけど、雨に濡れているアタシの靴の隣で、白いスニーカーが濡れていく。
横断歩道を渡り終えて、バス停で雨宿り。
だけど、その屋根の下で、傘を閉じて。
何も言わずに、アタシの隣で立っている。
●柚季:――それって、なんか意味ありますか?
みたいな質問を、さらっと言ってやりたくて、うずうずしてくる。
●柚季:――季節が変わっても、そのままずっと立ってるつもりですか?
みたいな発言を、さらっと言ってしまいたくて、もやもやしてくる。
見上げた曇り空は、さっきより、さらにどんより湿った感じで。
だけど、正直、
●柚季:――ああああああああああああああ!!!
みたいな衝動を、さらけ出したくなってしまうのを、こらえて、こらえて。
こらえてる。
こらえてるのか?って聞かれたら、
たぶん、
っていうか、
間違いなく、そういう類の勇気が無いだけ。
アタシみたいな生き物は、所詮、何かの劣化版コピーみたいな、後で見返しても役に立たないノートみたいなモノだから。
その、だけど、それなりに、面積くってるノートの右隅に、ちいさく。ホントにちいさく。
●柚季:『あああああ この 気持ち うぜぇーーーーー』
って。
なる。
今、なってる。
どんな顔して、言ったらいいのかわかんなくて。
どんな声して、音にしたらいいのかわかんなくて。
だから、聞きたい。
先生、なにがいいのかわかりません。
だけど、今日は、バスが来る前に言いたい。
せめて、
●柚季:『どーせ、バス来ないから、乗せてよ』
みたいな、そーゆー、ちょっと、気取ってるけど、気取らない台詞。
遥斗がするみたいに。
なんか、ありきたりで、だけど、タイムリーな、そういう、台詞。
遥斗は、
●遥斗:――そうだな。じゃあ、乗れば。
って絶対言う、言ってくれるのに。
だから、思い切って、言おうと思った瞬間に。
遥斗の声がアタシの耳から入ってきた。
●遥斗:あ、バス来た。
目をやったその先に、行き先が明確に記されたバスが来る。
こんなときばっかり。
思わず出る、ため息。
こんなときばっかり。
●遥斗:どしたん?
って遥斗に言われる。
●柚季:――だから、お前はなんなんだ。
●柚季:――こんな些細な機微を気遣えるお前はなんなんだ!
叫びたくなる気持ちを抑えて、もう、自分がすっごく嫌いになってく。
バスは今、来るし。
だけど、アタシはもう一度ため息をついた。
ため息つけば、幸せは遠のくって言うし。
アタシは、遥斗の声に応えて、首を横に振った。
今日も言えなくて、悔しい自分が情けなくて首を振った。
そう、横に。
アタシは遥斗に何もいえないまま、バスに乗るのだ。
残念な、カワイクナイオンナは、カワイクナイままバスに乗るのだ。
アタシは一歩前に出た。
その瞬間。
ビーーーーーーーーーーー。
ぷっしゅーーーーーーーー。
目の前でドアが閉まった。
残念なカワイクナイオンナを拒否して、バスはアタシを置いて、出て行った。
遥斗が隣に並んだアタシの頭をボサボサなでる。
●遥斗:どうする?
遥斗にそう尋ねられて。
だから、アタシは首を縦に振った。
遥斗は傘を丁寧にたたんだ。
たたんだ傘を自転車の後輪の脇に差した。いつものところに。
●遥斗:いくぞ
遥斗は笑った。
雨に濡れたら、それはそれで、画になるらしい。
ただし、美人な女優さんに限って。
なんか何も言えないまま、遥斗の自転車の後ろに乗って、雨に濡れながら運ばれていく。
ゆっくり、ゆっくり。
キーコ。キーコ。
だけど、アタシは遥斗の背中に頭を預けた。
アタシはアタシが嫌いで。
言いたいことも、言えないで。
●柚季:――ごめん。
って。
言いたいのに。
●柚季:――ありがと。
って。
言いたいのに。
いつもの帰り道を、遥斗の背中のすぐそばで見ている。
雨に濡れながら。
だけど、なんとなく、景色がゆがんで見えなくなってくる。
胸の辺りが苦しくなって。
のどの奥まで上がってくる。
まぶたのあたりが熱くなって。
そしたら、頬を伝う雨が、塩っぽくなった。
●遥斗:手ぇ、かせ
って声がしたから。
その手を握った。
あったかくて、冷たくて。だけど、優しかった。
●柚季:ねぇ?……遥斗?
●遥斗:どした?
●柚季:なんで?
●遥斗:なにが?
●柚季:自転車、
●遥斗:どした?
●柚季:なんで、乗せてくれるん?
●遥斗:わからん。
●柚季:……そか。
●遥斗:わからんけど、お前じゃけぇ。
●柚季:アタシ?
アタシは遥斗の背中に頭を預けた。
アタシはアタシが嫌いで。
その優しさを、考えないと理解できない頭の悪さが嫌い。
言いたいことも、言えないで。
●柚季:――ごめん。
って。
言いたいのに。
●柚季:――ありがと。
って。
言いたいのに。
●遥斗:ついたで。
遥斗の声で、自転車から降りる。
遥斗はかばんからタオルを出した。
アタシの頭に、ぽいっとかぶせて。
なでるみたいにガシガシやった。
猫か犬か、幼稚園児扱いか。
ボサボサの枝毛ばっかりの髪が、梅雨の雨と、湿気のせいで、また、さらに、ボサボサになった。
視界がタオルに囲まれて。
アタシはかすかに見えてる遥斗のスニーカーに言った。
●柚季:ごめん、ありがと。
遥斗は何も言わずに、アタシの頭を撫でた。
ガシガシ具合が、ちょっとだけ優しくなった。
●柚季:ごめん、ありがと。
調子に乗って、もう一回言ってみた。
ちゃんと声になりそうだったから。
そしたら今度は、遥斗の声で、
●遥斗:ええよ。
って返ってきた。
そしたら、次の瞬間、目の前に、小さなビニール袋が現れた。
駅前の、アタシが好きなショップの袋。
ピンク色と水色のラインが入った、あのショップの袋。
遥斗は言った。
●遥斗:何がええんか、わからんかったけぇ。
そう言って。
見上げたら、タオルの視界の隙間から、遥斗の笑顔が現れた。
●遥斗:何がええんか、わからんかったけぇ、さ。
その言葉の意味が、やっぱりすぐには、わかんなくて。
●遥斗:あけてみて?
だから、アタシはやっぱりバカなんだと思う。
言われたとおり袋を開けて、それなりにきれいにしてあったはずなのに、袋の中に入ってた、大好きな映画のサウンドトラック。
だから、アタシはやっぱりバカなんだと思う。
遥斗の言葉の続きを聞かなきゃ、わかんないんだから。
●遥斗:誕生日だろ?今日?
●柚季:――ごめん、ありがと。
声にならない声で、
また、涙ってやつがあふれてくる。
遥斗は、アタシの頭をなでるみたいにガシガシやった。
猫か犬か、幼稚園児扱いか。
けど、
なんでもいいけど、嬉しかった。
だけど、
頷くことしかできなかった。
頭の中では、CDの最後のほうに入ってる、お気に入り最上級のシーンの音楽がかかってるのに。
だけど、
頷くことしかできなかった。
アタシはちっとも画にならない、カワイクナイオンナ。
なのに、
遥斗は言ってくれた。
●遥斗:おめでと、誕生日
すぐ近くで、アタシの大好きな遥斗の声が聞こえた。
(おわり)
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