てんとうむしの飛んださき

作:荏田柚季



岩倉彰子
丹波信也
※ト書き(地の分)は岩倉役の朗読です。
※ひとり読み歓迎。セリフ部分を役割分担する2人~3人読みも歓迎です。




草の根元にてんとうむしがいた。
ただそれだけ。
つん、とつつくと、草の葉をするりとよじのぼり、てっぺんまでたどりつく。
くる、くる、と歩き回り、背中の水玉模様を、ぱかっ と、ひらくと飛んでった。
眠ってたてんとうむしはつーんと高く、空を羽ばたいてった。
ただそれだけ。
見上げた空はまぶしくて、アタシは思わず目を細めた。


   『 てんとうむしの飛んださき 』


「てんとうむしの背中の点がひとつだったら、それジャパン仕様だから!」
教室に入る直前、騒がしいはずの教室から届いたのは、丹波信也の声だった。
ちょっとだけ、びくっ、として、だけど、誰にも気づかれないように後ろのドアから入った。
私の席は窓側の一番後ろ。
足音を消すみたいに、そっと入ったつもりなのに、
「よぉ、おはよ」
と呼び止める声。
すぐ隣の席だから、丹波くんと目が合った。
「……おはよ」
アタシが小声で返すと、丹波くんはにっこり笑う。
彼はすぐさま元の男子グループに戻る。
あとにも先にも先生が来て朝の会がはじまるまでの時間に交わした会話はそれっきり。
アタシはいちにちの授業を、適度にノートをとりながら、テキトーに空の上を流れていく雲を見続ける。
ただそれだけ。

チャイムが鳴る。
アタシはお弁当を持って雑音まみれの教室を出た。
図書室に寄って昨日借りた本を返して、階段を上がって屋上へ出た。
天気の好い日は、まだ、マシ。
雑音に飲み込まれなくて済むから。
空を見上げると一筋の飛行機雲が流れていく。
1ミリくらいずつ青いキャンバスに白い線がのびていく。
飛行機くんはきっと一生懸命すごい速さで羽ばたいてるんだろうけど、ここからじゃその努力の甲斐もむなしく、アリ以下。
きっと、アタシたちも先生とかオトナからそうやって見られてるんだ。
アタシなんてなおさら、アリ以下。
「……、惨酷」
突然、
「なにが?」
青い空が男の顔にかわる――丹波信也だった。
「……、なにがって. 何が?」
「となり、座ってもええ?」
アタシが頷くと、丹波くんは座らずに寝転んだ。
「あーーーーーーーー」
彼は仰向けに寝転んでジタバタするみたいに背伸びした。
アタシがじっと見ていたものだから、弁解するみたいに言った。
「なんだよ、背伸びだよ。わりぃかよ?」
「……わるくないけど、」
「けど?」
「……背伸びするのに疲れそう」
彼はにっこり、いつもどおり、
ニハハ 
と笑った。
アタシがお弁当を広げると、彼は言った。
「そんなんで足りるの?」
「……うん。多いくらい」
彼はおおげさに、
「省エネですなーーー、エコですなーーーー」
とまた、大声を出しながらジタバタ背伸びをした。
「……お昼は?」
「え?」
「……お昼、」
「もう食った」
「……今の時間で?」
「いんや、2時間目の終わりと、3時間目の途中」
彼はアタシに背中を向けて横になった。
「……あぁ、だから、おなかすいてないの?」
彼はくるんとアタシのほうを向いて、
「おなかすいた」
と野良猫みたいな細っこい声で言った、っていうか鳴いた。
アタシは卵焼きを半分にして、彼を呼んだ。
「……、あのさ、はい」
高校の制服を身にまとったその野良猫は、お行儀を正して、口をあーんとあけた。
パクリ。
モグモグ。
あーん。
「……ゆかりごはん、紫蘇とか平気?」
縦に、こくり。
あーん、待つ。
パクリ。
もぐもぐ。
指で「1」をつくって、あーん、して待つ。
「……ゆかりごはん、おいしかったの?」
アタシが訊ねると、縦に、コクリ。した。
同い年の野良猫に餌付けをしながらお昼を食べた。
いつもは残してしまうお弁当が、今日はカラッポになった。
お弁当箱を包みながら、丹波くんに呼びかけた。
ぐっすり眠っている吐息がすぐ近くで聞こえる。
「……おかあさんにね、いつも心配される。アタシ残すから。
だけど、おなかいっぱいなんだよ、って言うんだけど、
おかあさんは、もっと食べなさいって言う。
おかあさん栄養士やっててさ、だから、質と量?っていうの?両方を理論武装で言ってくるんだよね。
平均値だとか、ビタミンだとか、カルシウムとか、ミネラルとか。
生理こなくなるわよ。とか脅してきたりしてさ。
だけど、おなかいっぱいなんだもん。
だから帰って、おかあさんが帰ってくるまでの時間に、お弁当、もう一回食べるの。
だけど、そんな時間に食べちゃうから、また晩御飯で、もっと食べなさいって。
なんか、ずっとごはんで怒られてさ」
丹波くんの寝顔を見ながら愚痴ってた。
「……だけど、おかあさんが心配してくれるのも、ありがたいんだぁ。って思えてきてさ。
ちゃんと食べなきゃ。ってがんばってるんだけどね」
丹波くんはごろんと寝返りをうった。
制服に砂汚れみたいなのがいっぱい付いてて、だから、背中を優しくはたいてあげた。
寝てるのを起こしちゃいけないから、撫でてあげるみたいに。
「……野良猫さんみたい」
ふと、校舎の屋上のコンクリートの合間から雑草が生えていた。
その雑草の根元にてんとうむしがいた。
ただそれだけ。
つん、とつつくと、草の葉をするりとよじのぼり、てっぺんまでたどりつく。
くる、くる、と歩き回り、背中の水玉模様を、ぱかっ、とひらくと飛んでった。
眠ってたてんとうむしはつーんと高く、空を羽ばたいてった。
ただそれだけ。
見上げた空はまぶしくて、アタシは思わず目を細めた。
「いい母ちゃんじゃん」
「……あ、ごめん、おこしちゃった?」
「岩倉の母ちゃん、いい母ちゃんだな」
「……あ、聞いてた?」
「っつーか、岩倉しゃべるんだな」
「……ごめん」
彼はにっこり、いつもどおり、
ニハハ
と笑った。
うつぶせになって、腕を前に伸ばして、猫みたいに背伸びした。
彼はアタシのほうを見て、
「にゃーーーー」
と鳴いた。
「……ごめん、猫とか」
校舎の屋上のスピーカーが、午後の開始の5分前を報せた。
「いいよ、猫で。俺、猫、好きだから」
彼はにっこり、また、いつもどおり、
ニハハ
と笑った。
「……そろそろ、行かなきゃね」
「5時間目なんだっけ?」
「……えっと、古典?」
「自習じゃね?」
言われたとおり、そうだった。思い出した。担任が5時間目は先生がインフルエンザでお休みだから自習だと。
「……そういうのばっかり覚えてるのね」
「基本じゃね?」
彼はにっこり、また、
ニハハ
と笑った。
「岩倉の母ちゃんさ、」
彼はちょっとマジメな顔して言った。
「岩倉が、高校からこっち引っ越してきたから心配なんだよ、きっと」
ちょっとドキリとして、だけど、すぐおおきなあくびをした。
ちょっとだけトキメイタのに。
「……大きなにゃんこさんですねー」
アタシが茶化してそう言うと、彼は
「じゃあ、5時間目はお昼寝の時間です」
と言った。
なんとなく、アタシの左の太ももを枕に変えて横になった。
今日がはじめてなのに、だけど、今までもどこかでこうやっていたような懐かしい感じがして。
お弁当もズルして。
午後の授業もズル休み。
「……アタシ、授業サボったの初めてなんだけど」
耳元で彼にそう云うと。
「5時間目は、自習の時間です!」
彼はにっこり、いつもどおり、
ニハハ
と笑った。
校舎の屋上でふたりきり。
5時間目の開始を告げるチャイムが鳴った。
「大丈夫。サボってないから。」
彼は横になったまま、左手を空に向かって突き上げた。
親指を立てて、言った。
「こういう時間が、人生、一番役に立つ」
彼が伸ばした親指に、ぴたり、てんとうむしが降り立った。
ただ、それだけ。
だけど、ふたりして、笑った。

    -おわり-


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