冬のはじまり


作者

おだ

概要

――冬の始まりはいつだろう?

登場人物

  • 正広 男性 遠藤正広(えんどう まさひろ)
  • ゆき 女性 ゆき(少女)

本編

冬のはじまり

――冬の始まりはいつだろう?
  ふと見上げた空は、灰色の雲に覆われていた。

――冬の始まりはいつだろう?
  誰もいない公園のベンチに腰掛けて空を見上げた。
  灰色の雲はどんよりと重い。

――冬の始まりは、どこからだろう?
  茶色く色づいたカエデの落ち葉が風に吹かれて舞い落ちた。
  公園の木々はもう、秋の終わりを告げていた。

正広「冬の始まり、か。」

――ポケットからタバコを取り出して、火をつける。
  ひとつ深呼吸をして、煙を大きく吐き出した。
  灰色の空に、灰色の煙が重なって、広がって、溶けていった。

正広 「灰色の煙に灰色の空じゃ、絵になんてならないよな」
  そう思って、だけど、考えるのをやめた。


ゆき「(咳をする)」
正広「あ、ごめん」
ゆき「(咳をしている)」
正広「ごめん、今、消す」

――ポケットから携帯灰皿を取り出して、吸い始めたまだ長いままのタバコの火を、その灰皿の中で消した。

ゆき「(咳をする)」
正広「ごめん、大丈夫?」
ゆき「…うん。大丈夫」
正広「ごめん、気づかなかった」
ゆき「うん。もう大丈夫。お隣、座ってもいい?」
正広「あ、うん」

――小さな女の子だった。
   白くてふんわりとしたスカート。あったかそうで軽そうな白いセーター。
   頭には白い毛糸の帽子。

ゆき「…」
正広「ごめんね、タバコ」
ゆき「ううん」
正広「あったかそうだね?」
ゆき「…うん」

――その女の子は俯いたまま、さびしそうに頷いた。

正広「もうすぐ、冬だね。」(今日の無言はちょっと苦手な気がした、だから話しかけた)
ゆき「……。」
正広「雪が降ったらお友達と雪合戦したり……しないの?」
ゆき「……。」
正広「どうか、したの?」(相手が子供ならさぐりさぐりになるじゃん?)
ゆき「ごめんなさい」
正広「え? あ、いや、いいよ。ごめんごめん」
ゆき「うまく、つくれなくて」
正広「え?」

――その女の子は、小さな手をじっと見ていた。
   その掌には、小さくて青い澄んだ透明なビー玉があった。

正広「ビー玉?」
ゆき「ううん」
正広「なあにそれ?」

――その女の子は掌にのせたビー玉に息を吹きかけた。
  するとそのビー玉は小さくふわりとやわらかく広がって、いびつにゆがんだまま、お菓子のグミみたいに固まった。

ゆき「うまくつくれなくて」
正広「え?」
ゆき「いつもだったら、だけど、今までは「ふぅ~」てやったらちゃんとなってくれるの。なってくれてたの。
   だけど、今年はなんだか、ちゃんと、なってくれないの」

――少し、信じられなくて。だけど、その女の子は今にも泣きそうな目で、僕を見上げた。

正広「えっと…」

――とりあえず、最近のあたらしいおもちゃなんだということにして、泣かせないようにすることに決めた。

正広「だ、大丈夫だよ」
ゆき「…え?」
正広「大丈夫。そういう日もあるよ」
ゆき「そうかなぁ」
正広「そうだよ」

――また、その女の子は掌の歪な水色を見つめて淋しそうに俯いた。
  「大丈夫、そういう日もあるよ」か。
  言ってて情けなくなった。
  「大丈夫、そういう日もあるよ」って言葉ひとつで済ませられれば、こんなに悩んだりしない。
  自分が一番わかってるはずじゃないか。
  隣に座った小さな女の子に自分を重ねた。
  そうだよ、そんな簡単な言葉で慰められるなら、悩んだりなんてしないだろ。

正広「(大きくため息)俺もさ、うまく出来なくてこまってたんだ」
ゆき「え?」
正広「今、絵を描いてる。それがまだ真っ白でさ。」
ゆき「……。」
正広「だけど、ちっとも描けないんだ。
    今までは、こう、真っ白の新しいキャンバスをじっと見てると、
    『ふっ』と、出来上がった感じが『ぱっ』ってひらめく。
    あとは思い浮かんだまま、そこに色を重ねてく。
    はずなんだ。……だけど、それが、今はできない。
    鉛筆を手にとっても、筆を手にとっても、油絵の絵の具を見てても、水彩の絵の具を見てても」
ゆき「うん」
正広「ごめんね、「大丈夫、そういう日もあるよ」なんて、簡単に言って」
ゆき「おにいさんも、悩んでたんだ?」
正広「うん。まぁね。大学の芸術学部なんて選んだこと自体もバカバカしくなってきたりして」
    (あ、そうだ、相手は子供だった。大学の学部とか言ってもわかんないか)
正広「あ、学校ね。」
ゆき「うん」
正広「同じ教室で、一緒にやってるヤツら見てるとさ、どんどんどんどん描いていくわけよ。
    なのに、自分はまったく、――うまくいかない。」
ゆき「うん」
正広「1時間たっても。2時間たっても。ねー。なんか、ねー、」
正広 ゆき「うまくいかない」
ゆき「ね」
正広「ね」

――女の子が、笑ってくれた。
  泣きそうな目で、僕を見上げて、そのまま潤んだ目で。だけど、笑ってくれた。

ゆき「おにいさん、笑った」

――そういわれてはじめて、自分も笑顔になっていたことに気づかされた。

正広「ホント、うまくいかないね」
ゆき「うん。ホントうまくいかない」

――僕は空を見上げた。
  灰色の空に、息が白く滲んだ。
  ちょっと、冷えてきた。

正広「寒くない?」
ゆき「うん。大丈夫。ありがとう」
正広「うん。よかった。寒くなったら言ってね。貸してあげるから、俺のコート。」
ゆき「ありがとう」
正広「うん」

――ポケットからタバコを取り出そうとして、やめた。
  空は灰色のままだったけど、女の子の笑顔を見てから、少し、気分が和らいだ。

ゆき「あっ」
正広「え?」
ゆき「できた」
正広「え?」

――見ると、女の子の掌のなかで、白くて澄んだ色をした、雪の結晶がひとつ浮かんでいた。

正広「え?」(なにがおきたの?)
ゆき「できたの。「ふっ」てやってないけど、ちゃんとなってくれたの」
正広「どうして?」
ゆき「わかんない。わかんないけど、できたの」

――女の子は嬉しそうに、本当に嬉しそうに微笑んだ。

ゆき「おにいさん、ありがと」

――僕を見上げたその子の目はやっぱりまだ潤んでいて、泣きそうで。
  だけど、さっきまでの悩んでた涙じゃなかった。

ゆき「おにいさん、ありがと」

――その瞬間、女の子の掌で、雪の結晶が形を変えた。

正広「あ、変わった」
ゆき「あ、ホントだ」
正広「あ!わかった」
ゆき「え?」
正広「いい?見てて。違うかもしれないけど」

――僕は女の子の掌に包まれた小さな雪の結晶に、声を届けた。

正広「ありがとう」
ゆき「!あ!」
正広「ほら」
ゆき「できた!できた!今までずっとできなくて、だけど、できた」

――その瞬間、笑顔になった女の子の頬を、涙が流れた。

正広「よかったね」
ゆき「うん」
正広「大丈夫?」
ゆき「うん。もうだいじょうぶ、うまくできない日だってあるよね」
正広「うん、そうだな」
ゆき「おにいさん、ありがとう」

――泣きそうな声で、本当に嬉しそうに言ってくれたその一言が、正直、嬉しかった。

正広「あ」
ゆき「あ」
正広「これ、一番きれいなのできたね」
ゆき「うん」

――すると女の子はベンチから勢いよく飛び出し、駆けていった。

ゆき(遠)「おにいさん!ありがとう!今年も、ちゃあんと、雪、降るからね!」

――手を振って駆け出した女の子は、公園の入り口で、また、手を振って駆けていった。

正広「…不思議な子だな」


――僕はもう一度空を見上げて、息を吐いた。
   灰色の空に、白く滲んで消えた。
   その瞬間、頭の中の真っ白なキャンバスに、ひとつ、絵が浮かび上がった。

正広「そっか。できるかも」

――立ち上がり、コートを調えた。
  帰ったら、すぐに構図をメモしよう。
  気づいたら少しだけ小走りしている自分がいた。
  僕は女の子が駆けていった方とは反対側の公園の入り口で立ち止まった。

正広「だいじょうぶ、うまくできない日もあるよね。か。
    よしっ。俺も、いいの、できそうな気がする。……ありがとう」
    ――あ。 」

――見上げた灰色の空から、今年の冬、最初の雪が舞い始めた。


 -END-







ボイスドラマ

製作:2011.11.11
脚本:おだ
音響:友鐘
出演:
  遠藤正広 役 : おだ
  ゆき(少女)役 : tibineko
時間:17分35秒 (24.1MB)
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